2026年10月1日、改正労働施策総合推進法によりカスタマーハラスメント(カスハラ)対策が事業主の措置義務になりました。方針を定めた規程と相談窓口を用意しても、現場の従業員が「その場でどう動けばよいか」が決まっていなければ、対策は機能しません。
厚生労働省の指針でも、対応の手順を定めたマニュアルの整備と研修は、事業主が講ずべき措置の柱の一つに挙げられています。本記事では、規程の次に作る現場用のカスハラ対応マニュアルの作り方を整理します。規程そのものの作り方は「カスタマーハラスメント対策規程の作り方」、窓口の作り方は「カスハラ相談窓口の設置手順」をご覧ください。
規程とマニュアルの役割の違い
| カスハラ対策規程 | カスハラ対応マニュアル | |
|---|---|---|
| 読む人 | 全従業員・管理職・人事 | 顧客と接する現場の従業員 |
| 書くこと | 会社の方針、定義、体制、従業員の保護 | その場での動き方、言い回し、報告の仕方 |
| 書き方 | 条文 | 手順と具体例 |
| 改訂の頻度 | 法改正・方針変更のとき | 事例が増えるたびに |
規程は「会社は従業員を守る」と約束する文書、マニュアルは「そのために現場ではこう動く」と決める文書です。マニュアルは規程の下位文書として位置づけ、規程の条文(対応の打ち切り、報告ルートなど)と矛盾しないように作ります。
マニュアルの構成
現場で使われるマニュアルは、厚くするよりすぐ引けることが大切です。次の7章で構成すると、必要な情報に迷わずたどり着けます。
- このマニュアルの目的(会社は一人で対応させない、という約束)
- カスハラの判断の目安(正当な要望との違い)
- 段階ごとの対応手順
- 対応を打ち切るときの伝え方
- 報告と記録
- 接点ごとの注意点(対面・電話・メール/SNS)
- 対応したあとのケア(相談先、休憩の取り方)
段階ごとの対応手順
カスハラの対応は、状況の悪化に合わせて段階を上げていく考え方が現場に浸透しやすくなります。
段階1:傾聴と事実確認
- まず相手の申し出を最後まで聞き、何に困っているのか(要求の内容)を確認する
- 商品・サービスに不備があれば、その点は謝罪し、対応できる範囲を伝える
- この段階では、正当な要望の可能性を前提に対応する
段階2:要求の線引きを伝える
- 要求が社内の基準を超える場合(規定外の返金、特別扱い、土下座など)は、「その対応はいたしかねます」と基準を明確に伝える
- 同じ要求が繰り返される場合は、回答が変わらないことを伝える
- 一人で抱えず、上長へ状況を共有する(対応中でもよい)
段階3:上長・責任者に交代する
- 暴言、威圧、長時間化(目安:30分など自社で決める)のいずれかがあれば、上長に交代する
- 交代は「担当を替わります」と伝えるだけでよく、理由の説明は求めない
- 複数名で対応し、記録係を置く
段階4:対応の打ち切りと外部への相談
- 暴力、脅迫、居座り、業務妨害があれば、対応を打ち切る
- 身の危険があるときは、ためらわずに警察へ通報する
- 以後の対応は本部・弁護士に移し、現場の従業員は窓口から外す
段階を上げる判断の目安(何分、何回、どんな言動)は、業種や接点ごとに自社で数字を決めてマニュアルに書きます。「状況に応じて判断」では、現場は動けません。
対応を打ち切るときの伝え方
打ち切りは、従業員が最も言い出しにくい場面です。言い回しをマニュアルに書いておくと、迷わずに済みます。
- 「これ以上のご要望にはお応えいたしかねます。本日の対応はここまでとさせていただきます」
- 「大きな声を出されるようでしたら、お話を続けることができません」
- 「このままお帰りいただけない場合は、警察に連絡いたします」
- 電話の場合:「同じご要望には、これまでと同じ回答になります。これで失礼いたします」
伝えるときは、感情的にならず、短く、繰り返すのが基本です。言い訳や説明を重ねると、そこから新たな要求が生まれます。
報告と記録
カスハラの記録は、従業員を守るための証拠であり、会社が措置を講じたことを示す資料にもなります。記録票には次の項目を入れておきます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 日時・場所・接点 | 対面/電話/メール・SNS |
| 相手の情報 | 氏名・連絡先・顧客番号(分かる範囲で) |
| 申し出の内容 | 最初の要望と、その後の要求 |
| 問題となった言動 | 発言はできるだけそのまま書く |
| 対応の経過 | 誰がいつ、どの段階で何をしたか |
| 対応した従業員 | 氏名、交代した上長 |
| 証拠 | 録音・防犯カメラ・メール・SNS投稿の保存場所 |
| その後の措置 | 出入り禁止・取引停止・警察や弁護士への相談 |
報告は当日中に、決められたルート(現場→上長→対応責任部署)で行うと決めておきます。
接点ごとの注意点
対面
- 一人で対応しない。別室に移る場合も複数名で
- 出口側に従業員が立つ、など安全を優先した位置取りをする
電話
- 通話の録音を事前にアナウンスしておくと、抑止にもなる
- 長時間化の目安を決め、超えたら上長に代わるか、折り返しに切り替える
メール・SNS
- 個人のアカウントでは対応しない。会社の窓口に一本化する
- 誹謗中傷の投稿は、削除される前に画面を保存する
- 反論の投稿はせず、対応を本部に移す
対応したあとのケア
カスハラを受けた従業員には、対応の直後に休憩を取らせる、担当から外すなどの配慮をします。相談先(相談窓口、産業医、外部のカウンセリング)をマニュアルの最後にまとめて載せておくと、必要なときに迷いません。対応した従業員を責めない、申告したことで不利益に扱わないことも、規程と合わせてマニュアルに明記します。
ありがちな失敗
1. クレーム対応マニュアルの流用
顧客満足を目的としたクレーム対応マニュアルは「最後まで誠実に対応する」が前提で、打ち切りの基準がありません。カスハラ対応マニュアルは従業員を守ることが目的なので、別に作るか、打ち切りの章を加えて目的を分けて書きます。
2. 判断基準が抽象的
「社会通念を超える場合」だけでは、現場は判断できません。時間・回数・言動の具体例を、自社の数字で書きます。
3. 作って配っただけ
マニュアルは読まれて初めて機能します。ロールプレイ形式の研修と、全員が読んだことの確認までをセットで行います。
規程ログでの整備
規程ログには、カスタマーハラスメント防止規程と顧客クレーム対応マニュアルのテンプレートがあり、規程とマニュアルを同じ場所で管理できます。改訂したマニュアルを公開すると、従業員ごとの閲覧の記録が自動で残るため、「全員が読んだ」ことを示せます。スマートフォンからも読めるので、店舗やコールセンターなど、パソコンの前にいない現場でも確認できます。
まとめ
カスハラ対策の措置義務は、規程と窓口だけでは果たせません。現場の従業員が段階ごとにどう動き、いつ打ち切ってよいかを決めたマニュアルがあって、初めて従業員を守れます。自社の数字で判断の目安を書き、研修と既読の確認までを行いましょう。
※ 本記事は一般的な情報整理を目的としています。カスタマーハラスメント防止指針の詳細や、具体的な運用・警察への通報の判断については、最新の指針本文の確認と、弁護士・社労士への相談を推奨します。
