2026年10月1日、改正労働施策総合推進法によりカスタマーハラスメント対策が事業主の措置義務になります。措置は複数ありますが、実務で最初に形にすべきなのは相談窓口です。方針を定めても、現場が「どこに言えばいいか分からない」状態では機能しないためです。
本記事では、窓口をゼロから作る手順を、既存のハラスメント窓口・内部通報窓口との関係も含めて整理します。規程そのものの作り方はカスタマーハラスメント対策規程の作り方をご覧ください。
なぜ窓口が中核なのか
カスハラが従来の社内ハラスメントと決定的に違うのは、加害者が社外にいることです。
パワハラ・セクハラであれば、被害を受けた従業員は「加害者と離す」「指導する」といった社内の人事措置で守れます。カスハラの相手は顧客・取引先なので、その手段が使えません。会社ができるのは、現場の従業員を一人で対応させないことに尽きます。
そのために必要なのが、現場が声を上げた瞬間に会社が把握できる経路、つまり相談窓口です。窓口が無ければ、担当者が一人で耐えるか、黙って辞めるかになります。
既存のハラスメント窓口と一本化してよいか
一本化して差し支えありません。 むしろ実務では、窓口を分けるほうが機能しなくなります。
パワハラ防止法(労働施策総合推進法)では2022年4月から中小企業も含めて相談窓口の設置が義務化されており、すでに窓口を持っている会社がほとんどです。ここにカスハラ用の窓口を別途新設すると、次の問題が起きます。
- 従業員が「これはどちらの窓口か」を判断できない
- 上司からの叱責と顧客からの暴言が同時に起きている事案で、受付が割れる
- 窓口が複数あるほど周知が薄まり、どちらも認知されない
現実の相談は「顧客からクレームを受け、それを上司に相談したら自分が責められた」のように混在します。入口は1つにして、受付後に社内で仕分けるのが正解です。
ただし一本化する場合は、次の2点を必ず手当てしてください。
- 規程上、カスハラも受け付けることを明記する。「職場におけるハラスメントに関する相談」とだけ書いてあると、顧客からの行為が対象か読み取れません
- 窓口の案内文に「顧客・取引先からの迷惑行為」を明示する。従業員が使えると気づかない窓口は無いのと同じです
内部通報窓口とは分けたほうがよい
一方、公益通報者保護法にもとづく内部通報窓口とは分けることを勧めます。目的も、担当者に課される義務も違うためです。
| ハラスメント相談窓口 | 内部通報窓口 | |
|---|---|---|
| 根拠 | 労働施策総合推進法・均等法など | 公益通報者保護法 |
| 目的 | 被害者の保護・職場環境の改善 | 法令違反の是正 |
| 担当者の守秘義務 | 一般的な守秘義務 | 従事者に刑事罰つきの守秘義務(30万円以下の罰金) |
| 匿名性 | 実名前提の運用が多い | 匿名通報への対応が前提 |
公益通報者保護法は2026年12月1日施行の改正で、通報を理由に解雇・懲戒をした個人への刑事罰が新設されるなど、要求水準がさらに上がります。ハラスメント相談と同じ担当者・同じ運用でさばくと事故になります。詳しくは内部通報規程の作り方をご覧ください。
社内に置くか、外部に委託するか
| 社内窓口 | 外部委託(EAP・法律事務所等) | |
|---|---|---|
| 費用 | 人件費のみ | 月額数万円〜 |
| 事実確認の速さ | 速い(社内情報にアクセスできる) | 遅い(会社への連携が挟まる) |
| 従業員の心理的ハードル | 高い(顔が見える) | 低い |
| 対応品質の安定 | 担当者の力量に依存 | 一定水準を確保しやすい |
| 顧客対応への接続 | しやすい | しにくい |
カスハラに限れば、社内窓口が基本です。パワハラと違い、通報者と加害者が社内で対立する構図ではないので、匿名性の要求が相対的に低く、むしろ「どの顧客の、いつの、どの言動か」を素早く特定して顧客対応につなげる必要があるためです。
外部委託が向くのは、深夜・休日の受付が必要な業態(小売・飲食・コールセンターなど)や、被害者のメンタル面のケアを重視する場合です。その場合も一次受付だけを外部に置き、対応判断は社内で持つ構成が現実的です。
誰を担当者にするか
窓口担当者に求められるのは、カウンセリング能力よりも決裁につなげる力です。カスハラ対応は「対応を打ち切る」「顧客との取引を見直す」「警察に相談する」といった判断を伴うため、現場に近すぎる担当者では動けません。
実務的な構成は次のとおりです。
- 一次受付:人事・総務の担当者(2名以上。うち1名は女性が望ましい)
- 対応判断:所管部門の管理職+人事責任者
- 重大事案の決裁:役員(警察への通報、取引停止など)
担当者を1名にしないでください。その担当者が不在のとき窓口が閉じますし、担当者自身が当事者になる事案を受けられません。
兼務は問題ないが、線は引く
中小企業では専任を置けないため兼務になりますが、現場の直属上司を窓口にするのは避けてください。「上司が顧客との関係を優先して握り潰す」構図がカスハラで最も起きやすい失敗です。窓口は現場のラインから外れた部署に置きます。
受付方法をどう用意するか
複数用意し、規程と案内に明記します。
| 方法 | 向いている場面 | 注意点 |
|---|---|---|
| 電話・対面 | 緊急時、その場で助けが必要なとき | 受付記録を必ず残す |
| メール | 経緯が長い事案 | 個人アドレスでなく窓口用アドレスにする |
| 社内フォーム | 心理的ハードルが低い | 匿名可否を明示する |
| 上司経由の報告 | 現場で即座に発生した事案 | 上司に報告義務を課す |
「上司経由」を経路として正式に位置づけるのがカスハラ特有の要点です。顧客対応の最中に暴言を受けた従業員が、その場でフォームを開くことはできません。現場で上長に報告し、上長が窓口に上げる経路を規程に書き、上長側に報告義務を課します。
匿名相談を受けるか
カスハラでは実名を原則としてよいと考えます。誰が、いつ、どの顧客に対応していたかが分からないと事実確認ができないためです。ただし「相談したことを職場に知られたくない」という要望には応えられるよう、社内での共有範囲を相談者に確認する運用を規程に入れてください。
受付から対応までのフロー
- 受付(当日)― 受付記録票に記入。緊急性(暴力・脅迫の有無)を最初に確認する
- 応急措置(当日)― 対応者の交代、当該顧客対応からの離脱、必要なら帰宅・医療機関の案内
- 事実確認(3営業日以内)― 対応記録・録音・防犯カメラ・同席者の証言
- 判断(1週間以内)― カスハラに該当するか、対応を打ち切るか、取引を見直すか
- 措置(判断後すみやかに)― 顧客への申入れ、出入禁止、警察・弁護士への相談
- フォロー(1か月後)― 相談者の就業状況・心身の状態を確認
- 記録の保管
期限を規程に書いてください。「速やかに」だけだと動きません。
受付記録票に残す項目
- 受付日時/受付者/相談方法
- 相談者(氏名・所属・職種)
- 事案の発生日時・場所
- 相手方(顧客名・取引先名・特定できる情報)
- 言動の具体的内容(要約でなく、発言はそのまま記載)
- 目撃者・同席者
- 相談者の要望(対応交代・謝罪不要・記録のみ 等)
- 会社が講じた応急措置
- 共有範囲についての相談者の意向
言動を「暴言があった」とまとめないでください。後日、対応の打ち切りや警察への相談を判断するとき、実際の発言そのものが判断材料になります。
窓口担当者を守る仕組み
見落とされがちですが、窓口担当者自身が二次被害を受けます。相談を聞き続ける負担に加え、カスハラでは担当者が顧客との交渉に出ることもあります。
- 担当者を複数配置し、1人で抱えさせない
- 対応判断の責任を担当者個人に負わせない(判断は組織で行うと規程に書く)
- 担当者向けの相談先(産業医・外部EAP)を用意する
- 対応件数と内容を定期的に管理職が確認する
周知しなければ設置していないのと同じ
労働基準法第106条は、就業規則等を次のいずれかの方法で労働者に周知することを求めています。
- 常時各作業場の見やすい場所への掲示・備え付け
- 書面の交付
- 電子データで記録し、いつでも確認できる機器を設置する
判例上、周知していない就業規則は労働者を拘束しません(フジ興産事件 最判平15.10.10)。窓口も同じで、存在を知られていない窓口は機能しません。
実務では次を揃えます。
- 就業規則・ハラスメント防止規程への記載と、その周知
- 窓口の連絡先を書いた掲示(休憩室・バックヤード・レジ裏など、顧客の目に触れない場所)
- 入社時研修・年次研修での案内
- 周知したことの記録(誰がいつ読んだか)
最後の記録が抜けがちです。措置義務を果たしたことを後から示す必要が生じたとき、「規程を作った」ことではなく「従業員に届いた」ことを問われます。
規程の条文例
(相談窓口)
第◯条 会社は、顧客等からの著しい迷惑行為に関する相談に応じるため、総務部に相談窓口を置く。 2 相談窓口は、職場におけるパワーハラスメント、セクシュアルハラスメントその他のハラスメントに関する相談を併せて受け付ける。 3 従業員は、顧客等の言動により就業環境が害されていると感じたときは、直ちに上長または相談窓口に申し出ることができる。 4 上長は、前項の申出を受けたときは、速やかに相談窓口に報告しなければならない。
(相談者等の保護)
第◯条 会社は、相談を行ったこと、事実確認に協力したことまたは対応を打ち切ったことを理由として、当該従業員に不利益な取扱いを行わない。 2 相談窓口の担当者は、相談により知り得た情報を、対応に必要な範囲を超えて他に漏らしてはならない。 3 会社は、相談内容の社内における共有の範囲について、あらかじめ相談者の意向を確認する。
施行までの逆算スケジュール
| 時期 | やること |
|---|---|
| 8〜9月 | 窓口の設置場所・担当者を決める/既存窓口との統合方針を決定 |
| 9月 | 規程の改訂案を作成、受付記録票・対応フローを整備 |
| 9月下旬 | 過半数代表者の意見聴取(就業規則本則を変更する場合) |
| 9月末 | 労基署へ届出(常時10人以上の事業場) |
| 10月1日 | 施行 |
| 10月 | 全従業員へ周知、窓口担当者・管理職への研修 |
| 以降 | 相談件数・対応内容の定期レビュー |
就業規則本則を変更する場合は、過半数代表者の意見書を添えた労基署への届出が必要です(労基法第89条・第90条)。意見聴取と届出の日数を見込んでおいてください。
ありがちな失敗
1. 窓口を作って終わりにする
最も多い失敗です。設置しただけで相談が来なければ、措置を講じたことにはなりません。周知と、窓口担当者が動ける権限の確保までが設置です。
2. 現場の上司を窓口にする
顧客との関係を優先して握り潰す構図が生まれます。窓口は現場のラインから外します。
3. 記録を要約してしまう
「暴言があった」ではなく、実際の発言をそのまま残してください。対応打ち切りや警察相談の判断根拠になります。
4. 内部通報窓口と混ぜる
守秘義務の水準が違います。公益通報の従事者には刑事罰つきの守秘義務があり、同じ運用でさばくと違反リスクを負います。
規程ログでの整備
規程ログには、ハラスメント防止規程のテンプレートが含まれており、相談窓口の条文を含めた改訂に活用できます。改訂した規程は全従業員へ配信され、誰がいつ読んだかが既読証跡として自動で記録されます。周知したことを後から示す必要が生じたときに、記録を探し直す手間がかかりません。
まとめ
カスハラ対策の相談窓口は、次の順で決めれば形になります。
- 既存のハラスメント窓口に一本化する(内部通報窓口とは分ける)
- 担当者は現場のラインから外し、2名以上置く
- 受付経路に上司経由を正式に加える
- 受付記録票に、発言をそのまま残す
- 規程に期限を書く
- 周知し、周知した記録を残す
施行は2026年10月1日です。就業規則本則を変更する場合は意見聴取と届出が必要なため、9月中には規程案を固めておくことをお勧めします。
※ 本記事は一般的な情報整理を目的としています。カスハラ防止指針の詳細や具体的な規程作成・運用は、最新の指針本文の確認と、弁護士・社労士による最終確認を推奨します。
