「つながらない権利」とは、勤務時間外に、仕事の連絡に応じなくてよい権利のことです。テレワークとビジネスチャットが広がり、夜や休日にも上司や取引先から連絡が届くことが当たり前になりました。返信しないと落ち着かない、という状態は、休息を妨げ、長時間労働の温床になります。
日本では、厚生労働省の労働基準関係法制研究会の報告書(2025年1月)で、勤務時間外の連絡のあり方が論点に挙がり、労働基準法の見直しの議論の中で、ガイドラインの策定が検討されています。法律で義務になるかは決まっていませんが、社内ルールは今から整えられます。
海外の動き
| 国 | 内容 |
|---|---|
| フランス | 2017年から、従業員50人以上の企業に、勤務時間外の連絡について労使で協議し、ルールを定めることを求めている |
| オーストラリア | 2024年8月から、勤務時間外の連絡に、不合理な場合は応じなくてよい権利を定めた(小規模事業者は2025年8月から) |
いずれも「連絡すること」自体を禁じるのではなく、応じなくてよいことと、連絡のルールを決めることを求めています。社内ルールを作るときも、この考え方が参考になります。
社内ルールで決めること
1. 対象の時間
- 勤務時間外(所定の終業後、始業前)
- 休日・休暇中
- シフト勤務の場合は、勤務のない日と時間帯
2. 連絡を控える範囲
- 上司・同僚から部下・同僚への業務連絡(メール、チャット、電話)
- 返信や対応を求める連絡
「業務時間外の連絡を一切禁止」とすると、現実に運用できず守られません。応答を求めないことを原則にするのが現実的です。
3. 例外
- 顧客や設備のトラブルなど、緊急の対応が必要な場合
- あらかじめ当番(オンコール)を決めている場合
- 本人が同意したうえで、時差のある海外との連絡を行う場合
緊急の範囲は、具体例で書きます。「緊急時」とだけ書くと、何でも緊急になってしまいます。
4. 連絡する側の配慮
- 送信予約を使い、翌営業日の始業後に届くようにする
- どうしても送る場合は「返信は翌営業日で構いません」と添える
- チャットのステータス(退勤・休暇)を確認してから送る
5. 対応した場合の扱い
- 勤務時間外に業務の対応をした場合は、労働時間として扱う(時間外・休日の割増賃金の対象)
- 当番の待機の扱い(手当、労働時間に当たるか)を決める
勤務時間外に指示されて対応した時間は、原則として労働時間にあたります。ルールを作ることは、未払いの残業代を防ぐことにもつながります。
6. 不利益な取扱いの禁止
- 勤務時間外の連絡に応じなかったことを理由に、評価を下げたり、叱責したりしないことを明記する
条文例(ひな形)
就業規則またはテレワーク勤務規程に置く条文のサンプルです。
(勤務時間外の連絡)
第◯条 従業員は、所定労働時間外および休日において、業務上の連絡(電子メール、チャット、電話その他の方法によるものをいう。)に応答する義務を負わない。 2 会社および従業員は、所定労働時間外および休日に他の従業員へ業務上の連絡を行う場合、応答を求めないことを原則とし、可能な限り送信予約等により翌営業日に届くよう配慮する。 3 前二項の規定にかかわらず、別に定める緊急の事態が生じた場合、または当番として指定された者に対しては、この限りでない。
(時間外の対応)
第◯条 従業員が前条第3項により所定労働時間外または休日に業務に対応した時間は、労働時間として取り扱う。
(不利益取扱いの禁止)
第◯条 会社は、従業員が所定労働時間外または休日の連絡に応答しなかったことを理由として、不利益な取扱いを行わない。
導入の手順
- 実態を把握する:チャットの送信時刻の分布、時間外の対応がどれくらいあるかを確認する
- 緊急の範囲を決める:部署ごとに、時間外に対応が必要な事態を洗い出す
- ルール案を作り、労使で話し合う:就業規則に入れる場合は、労働者の過半数代表の意見を聴く
- ツールの設定を合わせる:送信予約、通知の停止時間、ステータス表示の運用を決める
- 周知して、管理職から実践する:上司が時間外に送らないことが、最も効きます
ありがちな失敗
1. 全面禁止にして守られない
「時間外の連絡を一切禁止」は、現場の実態と合わず、結局は守られなくなります。応答の義務をなくすことと、送る側の配慮を組み合わせます。
2. 管理職だけが例外になる
部下には送らないのに、管理職同士では夜中まで連絡が続く、という運用では、長時間労働の問題は解決しません。対象に管理職を含めるかを決めておきます。
3. 対応した時間を労働時間にしていない
時間外にチャットで指示を受けて対応した時間を記録していないと、未払い残業の問題になります。対応した場合の申告の方法をルールに入れます。
規程ログでの整備
規程ログには、テレワーク勤務規程と就業規則のテンプレートがあり、勤務時間外の連絡の条文を加えて改定できます。改定前後の新旧対照表を確認でき、公開後は従業員ごとの閲覧の記録が残るため、新しいルールが全員に届いたことを確かめられます。
まとめ
「つながらない権利」は、日本ではまだ法律の義務ではありませんが、労働基準法の見直しの中でガイドラインが検討されています。応答しなくてよいこと、送る側の配慮、緊急の範囲、対応した時間の扱いを決めておけば、法律の動きを待たずに、従業員の休息と未払い残業のリスクの両方に備えられます。
※ 本記事は2026年10月時点の公開情報をもとにした一般的な情報整理です。労働基準法の改正やガイドラインの内容は、今後の審議で変わる可能性があります。規程の改定は、最新の情報の確認と、社労士・弁護士への相談を推奨します。
